Seek machinami01-4 楢山節考を観る

年末に『楢山節考』を観賞しました。
この映画は深沢七郎の短編小説で民間伝承の棄老伝説をテーマとした作品を映画化したもの。


 
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みんなで鍋を囲みながら観るような映画ではなかったかもしれませんが、
日本の前近代の山里で暮らす共同体の生活模様をすこし垣間見れたような気がします。

食料も限られた場所で、生産力と消費量のバランスを調整して共存する。
その厳しさが、現代に生きる私たちにはまったく体験の無いことなので、あらゆる面で衝撃的でした。
けれども、どこか”美しさ”を感じたという参加者の感想もあり、それぞれに長く反芻しています。



その後には、民族文化映像研究所さんから映像をお借りして
『寝屋子ー海から生まれた家族ー』(1994,)という記録映像を観ました。
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「寝屋子」とは、中学校を卒業した男の子が両親の揃った家の一部屋を借りて5,6人ぐらいで寝泊りをさせてもらう、いわゆる若者宿の制度で、かつては日本の各地で見られる制度。映像は、伊勢湾に浮かぶ答志島の寝屋子制度を、1980年から1994年までの14年余りかけて記録したもので、中学を卒業した男子が、数人単位のグループを作って寝屋親を選び、共同生活をして、漁の作法や島の伝統行事をこなしながら、10数年間過ごすというもの
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この映像を製作した民族文化映像研究所
http://www31.ocn.ne.jp/~minneiken/

こちらは海で漁をして生計を立てる共同体の話でした。
その地での「生き方」をどのようにして、教え教わるのかを、みんなが風習としてとても自然な流れで行っておられました。
それと同時に教えることの難しさも考え始めました。
子供が育つ環境が両親次第であるような現代社会は、共同体を存続させるには非常にリスキーという気がしました。
つまり、子供というのは家庭内だけの期待ではなく、地域社会の期待を受けて成長し、その過程で共同体の大切にしているものを教わっていくことの重要性を認識しました。
だからこそ、子供の成長は家庭だけの責任でも、学校内だけでもなく、地域社会全体(共同体)で何を教えていくのかという問いが重要になっていくのだと思います。
現在の学校の存在は、そのような議論せずに他人(制度)任せにしているかもしれません。



一晩に「楢山節考」と、「寝屋子」を共に観賞すると、現代は共同体の中で生産をしなくても、個人でも生きられるというようなありがたさを感じると共に、逆にそのために日常生活の中での空虚さや個人の存在の希薄さが問題になり得るとも思いました。
もちろん現代にも共同体はありますし、まだまだ私たちのしらない風土、風習もあります。
そこに意識的になることで、人間味のあるまち、これからのまちを考えるきっかけになるのではないかと思いました。

miki


引き続き、忘年会の『楢山節考』の私的感想を、僕(Hosoo)も書き記したいと思います。


僕たちが現在、「いいなぁ。」とノスタルジーを感じるような、昔の民家の集落を舞台にした、残酷な
物語だった。
そこで繰り広げられる共同体の生活は、甘えがなく、村人達が共同体に拘束され、相互監視の
状態にあるのが、いやに印象に残った。

白川郷でも美山村でも、僕たちが現在、「美しい日本のふるさと」と思いがちであるような村落も、
実際の暮らしは、案外これに近かったのかな、と推測した。
ただ、そうした貧しさから来る、絶対的に厳しい生活の中だからこそ、人間の優しさが、ふと、
鮮やかに浮かび上がるのだと思う。

しかし、どのような共同体のありかたが、もっとも理想に近い形態なのだろうか。
少なくとも、加入したり脱退したりするのが簡単だと、共同体の風通しはよくなるものなんだろうか。

ともあれ、「共同体のありかた、共同体のありかた。」
映画を見ながら、このフレーズが、頭の中で鳴っていました。

Hosoo

続けて田和も感想をかきます。

楢山節考の前に、年始にかいた寝屋子の感想から。

寝屋親は無償、ということで最初とてもびっくりしたのですが、観ているうちにただたんに利他的な行いではないのかなと思いました。
海で生きることは、芯から助け合わなくては死んでしまうような世界で、そういう結びつきは契約や約束ではきっと生まれえないのだろうと。
人が一生で持てる直系の子供の数はしれています。でも、寝屋親をやることで毎年数人、結びつきの強い、我が子のような存在が増えていく。知識も連綿と受け継がれて蓄積されていく。集団として強くなる方法です。

一方、楢山節考は、集落を維持するため徹底して掟を守り、外から来る嫁はあれど、超!!閉鎖的な循環系です。これも、方向性は真逆ですが集団を維持するために編み出された技術です。

あの集落に生きる人々は、雪深く、外の世界は遠くてほかの生き方を見る術はありません。
だからこそ、成立する方法でもあります。

現代に生きる私たちは、「知らずにいる」ことが難しい世の中に生きています。

生まれた場所とは違う場所があること、自分とは違う考え方をする人がいること、それらを知ってしまえば、
楢山節考でみたような閉鎖系の中にいることはできません。知ったうえで選択すること、それを実行することはエネルギーがいるし、知らないことよりもむつかしいことかもしれません。

でも、この2作品のどちらとも違うあり方が、きっとあると思いたいなと、今は考えますし、今後のmachinamiの活動のなかでヒントを探していきたいですね。

tawa
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by machinamiproject | 2014-04-01 01:22 | Seek machinami | Comments(0)


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